移送2日目

3月20日



この日、前日までの予定では、残る患者さんたち全員を移送するはずだったが、情報が錯乱していて、結局は20名ほどしか運べないらしい。大型観光バスがやってきて、昨日と同じように何とか自分の力で歩ける方と、車いすに乗れる方16人をゆっくりゆっくり慎重にバスに乗せ、1時間後には無事に見送った。


午後からは、寝たきりの患者さんたちの移送が始まる。慎重を期して対応しなければと考えた。しかし、あまりの余震が続く中、とうとうエレベーターが止まってしまった。3階、4階の患者さんたちを1階まで降ろし、移送させなくてはならない。ストレッチャーに患者さんを乗せ、みんなで抱えて下に降りた。かなり大変な作業となった。


しばらく作業を続けていると、エレベーターが復旧したとの連絡があったが、余震で外壁にヒビが入り、地下1階に水が溜まっているらしい。間違えてB1Fのボタンを押してしまうと、エレベーターのドアが開いた途端、大変なことになってしまう。慎重に、そして館内全員のスタッフに認知してもらいながら患者さんの移動を再開した。


どうにか1階まで患者さんたちを降ろし、救急車両へ乗せ、15kmほど離れたサテライトかしま(海上保安庁のヘリポートとして使われていた)までピストン輸送を行った。そこから移送先へ空路搬送される予定になっていた。その救急車両には救急隊員が同乗していたのだが、ストレッチャーの使い方もわからない方が少なからずいて、医師、看護師の同乗を求められ、院内では人手不足になってしまった。

思ったほど作業が捗らず、18名程度をヘリに搭乗させる予定が、日没と視界不良で9名のみの搬送になり、ひどく落胆した。後に聞いたのだが、近くの市民病院には100人ものボランティアが入って、自衛隊も一斉にやって来て、すべての患者さんの移送が済んだという。この差はなんなんだろうと、疑問を抱いてしまった。



夕方になると自衛隊のジープが到着した。移送が遅れてがっくりきているときだったので、みんなで声を上げて喜んだ。4人乗りの救急用の車両とヘリコプターも1台まわせるということで、すぐに患者さんの準備を再開した。
搬送用の車両が到着して、さっきのピストン輸送と同じように、看護師さんも同乗しなければいけないかと思ったら、「重症患者さんじゃないんですよね? だったら、同乗していただかなくても結構です。ヘリポートには医師と看護師が待機していますから、そこまでの間は、われわれ自衛隊が責任を持って搬送します。」と言い切ってくれた。
搬送が始まってから初めて聞くこの言葉に、看護師長さんは、はじめて救われた気がしたと涙ぐんでいました。実際、前日に搬送された人で、車の中で亡くなった方がいた。自分が救うべき患者さんを救えなかったのである。そんな葛藤を抱える中で、自衛隊の力強い言葉に勇気づけられた。頼もしい自衛隊の面々に4人の患者さんを委ね、本日の移送は終わった。


ここまで、バスで16名 ・ 救急車⇒海保ヘリで9名 ・ 自衛隊専用車⇒自衛隊ヘリで4名の合計29名の搬送が完了した。

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