7月 2011

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現地着

3月18日

病院へ向かうメンバー達は、行くと決めた。
相馬市から南相馬市に入り、少し走ると原発から30km圏内に入った。豊田は車の窓を全開にして手を伸ばし、「ウオーー」 と叫んだ。


目に見えない相手、経験したことのない状況の中で、彼らの心境はどうだったんだろう。水難者を救助するとき、山で遭難者を救助するとき、必ず安全な場所が確保されるはず。しかし、ここから先はエリア全てが状況確認のできない、経験などまったく関係のない場所。そこは人々が普通に生活していた場所であり、たくさんの子供たちがいる。得体の知れない恐怖と戦っていた彼ら、自分に勇気を与え続けていた彼らにとって、その事実が唯一の救いではなかったのだろうか。


大町病院に着き、インフルエンザにもかかわらず、寝ずに働いている看護師長さんから状況説明を受けた。ライフセーバーは救助法や救急法は学んでいるけど、投薬や注射などの医療行為はできないので、「なんでもやります」と伝えた。
豊田と圀木は3階、音野は4階とそれぞれ持ち場を与えられ、お年寄りの清拭や介護、そして移転先へ渡すカルテの整理などを行った。


避難をせずに必死で患者さんたちの面倒を見ている看護師さんの姿があった。
おにぎりやみそ汁を差し入れてくださったドクターの奥さまもいた。
それぞれの人がやれることを精一杯やっていた。


しばらく作業をしていると、今日から始まる予定の搬送が、明日に変更になったとの連絡が入る。少しでも早く移送しなければならないのに...。




昼ごろに各局のニュースで大町病院のことが報道された。
ニュースを見た介護ボランティアの方が7,8人来てくれたので食事の介助などをお任せすることができた。音野が食事の介助をしていた90歳の方は、「こういうときだからこそ、わたしは一生懸命に食べて生きるよ」 と。暖房が効かない病室で寒さに震え、亡くなられた方がいても、ご遺体を移動することもできずに、同じ病室で他の患者さんたちの食事の介助を続けるような状態が続いていた。

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3.18 南相馬へ

※文中、特定できる人物名が登場しますが、
               事実のみを扱っており、他意を表現するものではありません。


時間は戻りますが。
福島県南相馬市は、我々が活動の拠点としている相馬市の南側に隣接し、福島第一原子力発電所から最も近いところで約10kmと、直接的に放射能の被害を受けたところです。3月18日、既に現地に入っていた豊田、音野、圀木と、相馬さん、植田さんは相馬市の立谷市長からの依頼を受け、この南相馬市にある大町病院に向いました。
原発の情報が右往左往している時で、市内は全く人気のない状況。南相馬の桜井市長が自主避難を呼びかけていた関係で、180人ほどの入院患者(多数は老人の方)をかかえる大町病院では、スタッフが十数人ほどしか残っていなかったといいます。この、原発から25kmほどに位置する病院で、そのスタッフと彼らが直面したこと (おそらく、違う場所の別の病院でもあったことでしょう) を、数回にわたりお伝えします。





豊田勝義が、普段からレスキュー指導者として伝えていること

 ・周りから見たときに、救助は99%無理だと思われても、
       行くと決めた人間が100%の自信を持っているなら行けばよい

 ・もし1%でも怖いと思ったら行くな。
       その1%が引き金となって、自分の命さえ守れなくなるかもしれないから

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第4回報告会&研修会

来週19日(火)AM10時より、沖縄県那覇市の船員会館にて、チームSOSの
これまでの活動報告会があります。
福島県相馬市での活動や、その後の現地の状況、また今後の活動予定
などが主な内容になっています。


報告会が終わり次第、渡嘉敷島へフェリーで渡り、2泊3日の予定で、今後の
ボランティア活動に参加される方々の研修会が行われます。
参加料 : 5000円  (宿泊食事込み)


前回は、埼玉県からの参加もありました。
今回の参加人数は、今のところ15人程の予定です。
ご質問等ありましたら、「お問い合せ」メニューにて送信ください。

9月のスケジュール

9月1日(木)~3日(土)   第5回渡嘉敷島研修会&報告会(那覇市)を行います。

23日(金)~25日(日)    「第4回心のふれあいサポート」を
                                  福島県相馬市で開催します。

8月のスケジュール

8月20日(土)、21日(日)  福島県相馬市において
                         「第3回心のふれあいサポート」を開催します。
                    
                   相馬市の広報で紹介しています。

「 ありがとう 」の歌声


福島県相馬市にある相馬保育園。
海岸からもほど近く、わずかなところで津波被害を避けられた保育園です。震災での被害が最小限に止まったこともあり、3月23日には、園を再開しました。その二日後、メンバー達が物資を届け、子供たちと時間を共に過ごしたところです。


映像は、6月の初旬にごあいさつを兼ねて再び訪れた時のものです。園長先生からは、「あの時は大変ありがとうございました。子供たちがとても楽しそうに過ごしているのを見て、何よりもうれしく、励みになりました。」、「これといったお礼もできなかったので、今日は感謝をこめて、園児たちより歌を贈ります。」と、声を掛けていただきました。


園を再開した時には10人ほどの園児しかいませんでしたが、今は、もとの賑やかさを取り戻していました。^^







福島県相馬市中野寺前37


相馬野馬追

例年通り、今月の23日~25日の予定で行われることが決定したそうです。

今から1000年以上前、相馬氏の遠祖にあたる平将門が領内に野生馬を放し
敵兵に見立てて戦の訓練をした事に始まると言われています。本年において
は、亡くなられた方の鎮魂を願い、更には相双地方の復興のシンボルとして、
「東日本大震災復興 相馬三社野馬追」と称し実施することとなったそうです。


初日の23日には、相馬中村神社で出陣式があり、野馬追の神事が始まります。
さて今年の総大将は、誰が務めるのでしょうか。



        詳しくはこちらを  相馬野馬追執行委員会 公式ページ



出陣式-総大将御迎 : 相馬中村神社

出陣式-総大将御迎 : 相馬中村神社

ここ富山から
新潟方面へ、北陸道から上信越道に入り、約2時間ばかり走ったところに善光寺があります。長野県北部にあるこのお寺は、「遠くとも一度は詣れ」、「牛に引かれて善光寺参り」 と言われる名高いお寺です。5月中旬に、家族三人で訪れた時のことです。駐車場に車を入れ、5分程度歩いて本堂の正面に着きました。その堂々とした風格にしばし見とれていた時、娘が「父さん、父さん」と。 ふと振り返ると、そこにはたくさんの「絵馬」が並んでいました。


「ねえ、これ見て」と、一枚の絵馬を指差しました。彼女は、本堂など気にもせず、このたくさんの絵馬に何が書いてあるのかを1枚ずつ見ていたらしいのです。私は、その指差す絵馬を見て、ある意味「ショック」を受けました。「まさか、絵馬に...」 と思うと同時に、目頭が熱くなるのを覚えました。私が今までに目にしたものは、大概は、合格や就職、病気回復祈願などで、自分のことや、身内の為の願い事をするのが当然と思っていたようです。


    絵馬 ねがいこと (書き出し)

        東北地方太平洋沖地震の被災地の一日でも早い復興をお祈り致します

        福島原発の作業の成功と被災地、日本の一日でも早い復興をお願いします







4月中旬から約一週間の間、福島県相馬市へ入っていました。学生時代にライフガードの同期である豊田と、沖縄でライセービング協会の設立および活動に貢献した宮里君、同じく活動に尽力を尽し、琉球大の客員講師を勤め、「ハチドリ」でも活躍している大志君と合流し、相馬中村神社でお世話になりながら、4人で物資の輸送や今後の支援活動の下準備をおこなってきました。南相馬市から相馬、気仙沼、陸前高田、大舟渡、山田町と北へ上がり、現地の様子もこの目で見てきたのですが。

ここ善光寺を訪れたのも、まだその風景が毎晩夢の中にでてくる時のことでした。心から被災地のことを考え、心配し、復興を願っている人達の 「 魂 」 に触れた時、私の心が震えたのかもしれません。大切な何かを教わったような、今回の「善光寺参り」でした。            ( 石黒 博行 )













長野県長野市大字長野元善町491